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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)3239号 判決 1989年7月12日

原告 乙山春子こと

甲野花子

右訴訟代理人弁護士 鈴木顯藏

右訴訟復代理人弁護士 藏冨恒彦

被告 大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 石川武

右訴訟代理人弁護士 寺澤弘

同 木下芳宣

同 加藤洋一

主文

一  被告は、原告に対し、金九万六〇〇〇円及び内金五万円に対する昭和五九年一一月一日から、内金四万六〇〇〇円に対する同年同月一二日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五六万五〇〇〇円及び内金五万円に対する昭和五九年一一月一日から、内金五万円に対する同月二日から、内金五万円に対する同年一二月一二日から、内金五万円に対する昭和六〇年一月二九日から、内金五万円に対する同年二月一三日から、内金五万円に対する同年三月一五日から、内金五万円に対する同年四月二七日から、内金五万円に対する同年五月二八日から、内金五万円に対する同年六月二八日から、内金五万円に対する同年七月三一日から、内金五万円に対する同年九月六日から、内金五万円に対する同年一〇月八日から、内金五〇万円に対する同年一一月二八日から、内金四六万五〇〇〇円に対する昭和六一年一〇月八日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五九年一〇月八日午前一時五五分ころ

(二) 場所 名古屋市千種区豊年町四番一三号先路上

(三) 加害車両 原告運転の自家用自動車(名古屋五三ゆ七六七二、以下「原告車」という。)

(四) 被害車両 丙川松夫(以下「丙川」という。)所有の自家用自動車(名古屋三三そ二九七六、以下「丙川車」という。)

(五) 態様 原告車は、本件事故現場を通りかかった際、三車線のうちの真中の車線(第二車線)を走行していたが、中央線寄りの車線(第三車線)より赤色の車が第二車線に進路変更し、原告車の前にかぶせるような形となったため、原告があわてて左へハンドルを切ったところ、歩道寄りの車線(第一車線)に停車中の丙川車の右前部ドア付近に原告車左前部を接触させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

本件事故は、原告の過失により発生したものであるから、原告は、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  丙川車の損害

(一) 修理代 金九六万円

丙川車は、本件事故により右前部ドア付近を破損され、修理代として金九六万円を要した。

(二) 代車料 金二五万五〇〇〇円

丙川車は、一九八〇年式リンカーン(時価四五〇万円相当)であり、修理に要する期間一七日間につき、一日あたり金一万五〇〇〇円、合計金二五万五〇〇〇円の代車料を要した。

(三) 原告は、右合計一二一万五〇〇〇円の損害賠償金について、昭和五九年一〇月三〇日、同年一一月一一日、同年一二月一一日、昭和六〇年一月二八日、同年二月一二日、同年三月一四日、同年四月二六日、同年五月二七日、同年六月二七日、同年七月三〇日、同年九月五日、同年一〇月七日にそれぞれ金五万円を、同年一一月二七日に金五〇万円(以上合計金一一〇万円)を丙川に対し支払った。

4  保険金請求権

原告車について、被告との間で自動車保険契約(対物賠償金三〇〇万円)が締結されているので、原告は、被告に対し、右金一二一万五〇〇〇円の保険金請求権を有する。

5  原告に対する不法行為による損害

(一) 被告は、原告に対し、本件事故に関し、昭和五九年一〇月一九日付内容証明郵便をもって、本件事故が原告の故意によるものであり、保険金の支払義務を負わない旨通知した。

(二) そして、原告は、右通知において、保険金詐欺の犯罪者と指摘され、いたく名誉、感情を害された。右精神的苦痛に対する慰謝料は金三五万円が相当である。

6  前記保険金請求権と右慰謝料請求権を合計すると金一五六万五〇〇〇円となる。

よって、原告は、被告に対し、請求の趣旨第一項記載の金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。

原告主張の態様の事故が発生したか否かについて疑問がある。

2  同2の事実は否認する。

本件事故が原告の過失により発生したか否かについて疑問がある。

3  同3について

(一) 丙川車が本件事故により右前部ドア付近を破損された事実及び修理代は否認する。

原告主張にかかる本件事故の態様と、原告車及び丙川車の損傷との間には何らの整合性もない。

(二) 代車料は否認する。

(三) 原告が丙川に金員を支払った事実は不知。

4  同4のうち、原告車について、被告との間で自動車保険契約(対物賠償金三〇〇万円)が締結されている事実は認めるが、その余は否認する。

5  同5のうち、(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。

被告は、原告に対し、保険金詐欺の犯罪者と指摘したことは一度もない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)について

《証拠省略》によれば、原告主張の日時、場所において、原告車と丙川車との間で、原告主張の態様の接触事故(本件事故)が発生したことが認められる。

被告は、本件事故の発生自体について疑問がある旨主張する。しかし、後記判示のとおり、丙川車の損傷の大部分と本件事故態様との整合性が否定される部分があるとしても、鑑定の結果によっても原告車と丙川車との接触の事実についてはその可能性が認められるし、《証拠省略》に照らして、本件事故の発生自体を否定するまでには至らないので、被告の右主張は採用することができない。

二  請求原因2(責任原因)について

《証拠省略》によれば、原告は、原告車を運転して本件事故現場に差しかかった際、考えごとをしていて、気がついたときは右側車線(第三車線)を走行していた車両が自車の前にかぶさるように進路変更をしてきており、これとの衝突を避けるために左へハンドルを切ったところ停車中の丙川車と接触したことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

右の事実に照らすと、原告には本件事故の発生について過失があったものと認められるので、原告は、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

三  そこで、請求原因3(丙川車の損害)について判断する。

1  原告は、本件事故により丙川車の右前部ドア付近を破損され、その修理代として金九六万円を要した旨主張する。

しかし、前記のとおり原告車と丙川車が接触した事実は認められるものの、以下に判示するとおり、丙川車の右前部ドア付近に存する損傷の大部分と原告主張の本件事故態様との整合性を否定的に解さざるをえない。

すなわち、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  丙川車の右側面の損傷のうち、水平幅の擦過痕は前方から後方への入力により生じたものであるが、これは本件事故における原告車による入力方向(走行方向)とは逆であるから、右擦過痕は本件事故により生じたものとはいえない。

(二)  丙川車の右フロントフェンダーのルーバー二枚の板の金具の脱落は、前方から後方への入力により生じたものであり、(一)と同様本件事故により生じたものとはいえない。

(三)  丙川車の右ドアサイドモールとドアパネルに生じた三か所の擦過痕のない凹損(そのうち特に右ドア前下部の凹損は顕著である。)は、原告車の左前部の損傷状況と整合性がなく、本件事故により生じたものとはいえない(むしろ、別の機会に生じたものといえる。)。

2  もっとも、《証拠省略》によれば、丙川車の右前部ドア付近に、後方から前方への入力により生じた五か所の擦過痕等があり、その一部は本件事故により生じた蓋然性が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上を総合して判断すると、丙川車の右前部ドア付近の損傷のうち、入力方向が原告車の走行方向とは逆(丙川車の前方から後方)のものはもちろんのこと、サイドモールとドアパネルに生じた三か所の凹損等も本件事故態様とは整合性を有しておらず、別の機会に生じたものというべきであり、本件事故との相当因果関係を否定せざるをえない。

もっとも、原告主張の本件事故態様による損傷が生じたことも否定できないところ、鑑定の結果によればその部分はごく僅かというのであり、量的に必ずしも定かではないが、丙川車に存する損傷全体と対比して判断すると、修理に要した費用のせいぜい一割と認めるのが相当である。

4  《証拠省略》によれば、丙川車の損傷全体についての修理代は、修理工場ないし保険会社の査定によって金九六万円とされたことが認められるので、その一割にあたる金九万六〇〇〇円の限度で本件事故による損害と認めることができる。

5  次に、原告は、丙川車の代車料として金二五万円を要した旨主張する。

しかし、前記のとおり、丙川車の損傷は、本件事故によるものはごく僅かであって、大部分が本件事故と相当因果関係がないことを考慮すると、本件事故による損傷の修理に伴って代車を必要としたとまでは認められず、原告の請求は理由がない。

6  《証拠省略》によれば、原告は、丙川車に対し、丙川車の修理代の一部として、昭和五九年一〇月三〇日に金五万円、同年一一月一一日に金五万円を支払った事実が認められ、これに反する証拠はない(なお、《証拠省略》によれば、原告は丙川に対し合計金一一〇万円を支払っていることが認められるが、本件事故と相当因果関係を否定された部分に関して支払った金員については、同人に返還を求めることも可能である。)。

四  請求原因4(保険金請求権)について

原告車について、被告との間で自動車保険契約(対物賠償金三〇〇万円)が締結されている事実は、当事者間に争いがない。

したがって、原告は、被告に対し、前記金九万六〇〇〇円の限度で保険金請求権を有することになる。

五  請求原因5(原告に対する不法行為による損害)について

《証拠省略》によれば、原告が被告に対し保険金請求しをしたにのに対し、被告代理人らから原告に対し、昭和五九年一〇月一九日付けで、「本件事故は、貴殿の故意による交通事故でありますので、自家用自動車保険普通保険約款第一章第七条第一項により、貴殿に対しまして、同社は何らの自動車対物保険金支払義務も負わないものであります。」との記載のある内容証明郵便が送付されたことが認められる。

なるほど、本件事故が前記のとおり原告の過失により生じたものとすると、「故意による」との表現は必ずしも適切ではなく、原告の感情を害したであろうことは推認できる。しかし、被告が原告の請求を保険金詐欺であると指摘した事実を認めるに足りる証拠はないこと、前判示のとおり、客観的には丙川車の損傷の大部分は本件事故との相当因果関係が認められないこと、右内容証明郵便において、被告が保険金支払義務を負わないことの理由づけとして「故意による」という表現が用いられているにすぎないことを併せ考えると、結局、右内容証明郵便における表現をもって原告に対する不法行為にあたるとまでは認めることができない。

よって、原告の慰謝料請求は理由がない。

六  以上の次第で、原告の請求は、前記金九万六〇〇〇円及び内金五万円に対する保険金請求及び支出の後である昭和五九年一月一日から、内金四万六〇〇〇円に対する同年同月一二日から各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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